2025/08/11

ネムルバカといいピンポンといい、「才能」ってやつをリアルにかつ残酷に描いた作品が好きなんだなと気が付く。なぜならそれは、私がぶんちょうに対してあるいは前々職の先輩社員に対してやってしまったミスと繋がってくるからだ。
とかくに人の世は──。

2025/08/10

ChatGPTの話題。GPT5のリリースに伴ってGPT4oが使えなくなったことで、OpenAIに抗議する人たちが出てきたらしい。Twitterでは抗議用のハッシュタグまでできている。
この現象は、いくつかの見方ができる。まず、生成AIを生産性向上ツールとして使っているのは極々わずかなクラスタであるということ。ベンチマークだけではAIの性能、いや品質は測れないということ。LLMは「文章のやり取りなんて所詮、それまでの流れから次に来そうなワードを推測して並べて投げ合うだけの行為」だと明らかにしたが、生成AIエージェントは「コミュニケーションなんて所詮、情報の伝達がメインではなく共感や相手が自分の味方であるという実感がメインの行為」だと明らかにしたということ。
だが、個人的に一番興味深いのは「恐らく歴史上初めて、人類がコミュニケーション面で精神的に依存した道具ができていた」という点だ。これまで人類は道具へ依存しまくって発展してきた。しかしそれは主にアウトプット面の手段としてだ。それがインターネットの登場により、コミュニケーション面での依存も発生するようになった。しかしそれでもまだ、コミュニケーション面での手段的な依存だった。ところが生成AIやそのエージェントは、コミュニケーション面での精神的な依存対象となりつつある。これまでコミュニケーション面での精神的な依存対象は、宗教や神や神父だったり、ペットを含む家族だったり、アイドル・ホスト・キャバクラなど水商売人だったり、とにかく全て生き物だった。その存在が、恐らく歴史上初めて、道具が担うことになりつつある。
道具にこの存在を担わせようとする取り組みは、過去いくつかあった。ペットロボット的なプロダクトだ。だが、生成AIほどの依存度までは到達していなかった。これまで超えられなかった壁を生成AIは超越したのだ。いや、超越してしまった、という表現の方が正しいのかもしれない。
これは非常に面白い現象だと思う。ここから人類はどこへ行くんだろう。人類は人類が居なくても暮らせるようになるのか。それは物理的にも精神的にもという意味である。あるいは、生成AIはこれからどこへ向かって行くんだろう。ベンチマークの数字だけが品質ではないと、AIも対象にしたQAエンジニアたちは知っていたけれど、社会的にこの主張が証明された格好だ。もしかしたら、必要とされない ≒ 売れないという理由で、シンギュラリティは永久に起こらないのかもしれない。生成AI技術の発展スピードを見るに、予測が固まる前に未来が来てしまうだろう。
しかし、ひとつ気になるのは、OpenAI社はこの現象を予測できなかったのか、ということだ。ユーザたちの利用データを大量に持っているはずで、あの会社には機械学習の専門家が山ほどいるはずだから、4oを利用不可にしたら反発が起こりそうという予測ぐらい立てられたのでは?と思えてくる。そこにはどんなバイアスがあったのか。それも気になる。

2025/08/09

作った人はなぜもっと保守運用の楽な設計にしておかなかったのか。歯。

2025/08/05

先週ぐらいから我が家のネット通信速度が遅くて遅くてしゃーない。
ということでプロバイダやら管理会社やらに連絡を取ってどうにかしてもらっているのだが、管理会社の担当者にムカついてしまった。ため息混じりに半笑いで対応されるわ、管理組合でプロバイダ変更等の検討が議題に上がっていない理由を訊いたら「ですからw、議題に上がってないからですよw」と所謂進次郎構文を恥ずかしげもなく使ってくるわ、上司を出せと言ったら「仕事が立て込んでいたところに問い合わせが来たから応対が雑になってしまいました」と説明してくるわ。言葉を選ばずに言うと、そんな仕事の仕方で部長を名乗れるなんていい仕事ですね、という感想であった。
こういうMPの削られ方は本当に辟易する。

2025/08/04

イタリア旅行の予約をする。結構な額であるためにカードがロックされる。

2025/08/02

ネムルバカの映画をNetflixで見た。面白すぎて声出して笑っちゃったり泣いたり。これ逆に映画館じゃなくてよかったやつだな。
ネムルバカ見たり読んだりするとぶんちょうを思い出す。

2025/08/01

8月になったなどというガセネタをつかむ。

2025/07/31

お世話になっているファイナンシャルプランナーさんと飲みに行く。

2025/07/30

完全フリーランスになって丸半年が経とうというタイミングで、喉をヤるわ熱中症になるわでタスクがスタックし、ここ数日ロクにネームを描けていない。
ということで、初心忘れずというやつで、完全フリーランスになった目的を改めて思い返し自戒する。
我が人生の最終ゴールは「空っぽになって死ぬ」である。自分のアイデアやノウハウと呼ばれているようなものを全て出力し、私自身の価値をゼロにするべく奔走し、そうして空っぽの無価値な人間になって死んでいく。これが目標である。
そのための手段のひとつに、漫画原作のアイデアを全て描き切るというのがある。手段というか、マイルストーンとでも呼ぶべきか。描きたい作品は「神谷家」以外にもいくつかあるが、一旦「神谷家」についてだけ考える。こいつは全10部の長編大河ものだ。1部描くのに仮に3年かかったら、全て描き切るまで単純計算で30年かかる。なんということだ。一週間のうち5日間も労働にエネルギーを使っている場合じゃあない。
これが、私が完全フリーランスになった大まかな理由である。すなわち、今年の抱負のひとつである「自分勝手に生きる」とも関連している。
こいつを忘れてはいけない。よし、気合を入れ直そう。

2025/07/28

miisanに招待され、令和トラベルのオフィス移転ぱーちーにお呼ばれ。
令和トラベルのプロダクト「NEWT」の3割引クーポンが当たったので海外旅行へ行く義務が発生した。行くのか。行くならイタリアか。

2025/07/26

飯を食らい、眠り、飯を食らい、眠り、飯を食らい、眠った。
日頃の身体的負債が溜まっていたのだろう。お陰で目が覚めるたびに体調がみるみる良くなっていった。

2025/07/25

昼過ぎから熱中症の症状に苦しむ。
塩をつまみに水道水を飲んでいたら無事に回復。傍から見たら日本酒をやべーたしなみ方してるヤツだった。

2025/07/24

業務委託の社員さんたちと飲み。

2025/07/23

前職の同僚たちと飲み。

2025/07/22

なぜか11個ものミーティングをこなす。

2025/07/18

歯医者に行き、金属の詰め物を詰められる。象牙質ってやつに色々器具が当たるたびにいてぇのなんの。
その後、4月末までの案件で知り合ったQAさんと飲み。狙っていた焼き鳥屋さんが臨時休業で、さすがの運の無さだと愉快な気持ちになる。

2025/07/16, 17

なぜかブログを5本も書く。

2025/07/15

朝早く目が覚めてしまったので、キッチンの換気扇なり風呂場の外せるものなりを徹底的に掃除した。
また、ふと、嫌いな人の名前ばかり覚えているものだななどと思った。

2025/07/14

プライムデーで購入していた新スマホが届く。GalaxyS25Ultraである。

2025/07/11

歯医者に行き、歯を削られる。
プラスチックの仮詰め物が気になる。
やはりフロスはきちんとやった方がいいらしい。そんな噂は聞いていた。

2025/07/06

労働を放棄して、ストーリーアーキテクチャのモデルを作る。
昨日の夜、開発生産性カンファのノベルティとしてもらったハンディホワイトボードでお試しモデリングをしていたら、なんだかイケそうな気がしてきたので正式に作成。
私の創作理論研究における集大成な気がしている。こいつを解説するブログを書いたら、研究はしばらくお休みにして拙作の執筆にフルコミットしよう。

2025/07/05

労働を放棄して、ストーリーパターンに関するブログを書き散らす。
前回創作理論系の記事を書いてから早4年が経過していたらしい。驚愕。

2025/07/03, 04

開発生産性カンファレンスに参加。
「開発生産性って言葉、何となく好きじゃないな〜」と思って勉強するための参加だったわけだが、「開発生産性(が測れるとされているメトリクス)にだけ注目して思考停止するんじゃあねぇ!!!」というような話を聴いている時間の方が長くて笑った。そういう話が「開発生産性」を冠したカンファで盛んに語られることは非常に尊い。

2025/07/02

自立メシについて。
本作を私は「青春の終わりを描いた物語」と銘打っている。では、青春あるいは青春の終わりとは何か。
結局のところ、理瑚ちゃんが悟ったのは「ケセラセラ」なのだ。それは、所謂多感な時期とされている青春期には飲み込み難い事柄だが、様々な悲しいことや辛いことを経験していくうちに、「色々あるけどちゃんと飯食えてちゃんと寝れてればもうそれで人生最高なんだ」と腹落ちしていく。つまり感度が落ちていく。成長とは老化であり鈍化である。
生まれたばかりの頃が最も感度は高い。しかし言語化能力や腕力などの都合で、自分の感性を満足に出力できない。青春とは、この感度と出力能力とを両立できている時期を指すのではないか。そして、成長(鈍化)していき、ある閾値を超えたときに「ケセラセラ」が腹落ちする。
本作は、そういうことを描いた作品なのだなと、何となしに思った。

2025/07/01

平凡事変を数話更新しようかななどと思いつく。

2025/06/30

脅威モデリングの勉強会に参加。面白かったし勉強になったし、明るくない分野の勉強会に行くと、やはり自分はQAが好きだななどと再実感できてよい。

2025/06/27

先日霊視占いを受けたときに、「今まで人生で一番楽しかったのは幼稚園の時だと言っていたが、最近は今が一番楽しいと思っている」と、気付き・言語化できたのは何だかよかったなと思っている。
今年の抱負のひとつに「自分勝手に生きる」があるんだが、なかなかイイ抱負を立てたもんだ。

2025/06/25

熱田神宮へ行き、東京へ帰還。

2025/06/24

急遽名古屋へ。業務委託先の社員さんと飲み、語らう。

2025/06/21

形式手法のセミナーに参加。6時間の長丁場で概念的な話やらツールの使い方やらを学ぶ。
ソフトウェア工学出身のQAとしては形式手法を使いこなしたさがある。

2025/06/20

上野の森美術館で開催されている五大浮世絵絵師展に行ってきた。
巨大ドクロが印象的な「相馬の古内裏」で知られる歌川国芳が凄まじかった。特に「小子部栖軽豊浦里捕雷」。こんなんを200年ぐらい前に描かれちゃあ、現代の漫画家やらイラストレーターやらはもう描くもんがねぇじゃあねぇか。
国芳に限らず、今見ても斬新に思える構図が多かった。というのもあり、図録を買ってしまった。良い時間だった。

2025/06/19

昨日とある雑談の中で、私の中には「理想のチーム」のイメージがあるんだなと気が付いた。
チーム全体でひとつの生き物であるかのように息がバッチリ合っていて、お互いがお互いに着いていくために必死で研鑽を積んでいて、メンバ全員がプロフェッショナル。そういうチーム。
そしてその理想を極力形にしようとした結果出力されたのが拙作「神谷家」の神谷探偵事務所なのかもしれない。

2025/06/18

全くもってイイ人なんかではない。私のことである。
他人に対してぶっ殺してやろうかと思うことなんてよくあるが、ただ他人よりも自分の方を優先的に殺したいぐらい嫌いなため、他人をまだ殺していないだけである。
そんなことをふと思った。

2025/06/17

業務委託先の社員さんが私の「言葉」を読んだらしい。特に「タラタラ」という9年前(2016年、19歳の頃)に書いたポエムについて感想を言われた。当人ですら存在を忘れていたので奇妙な恥ずかしさがある。いやまぁこのサイトに自分で載せてるんだけどさ。
「ナミダの唄」は10代の"陽"の最高傑作だと思っているんだけど、この「タラタラ」は10代の"陰"の最高傑作といえる。なんつったってタイトルが未練タラタラの「タラタラ」だからね。
いやぁ懐かしい。他のも読み返してみるか。

2025/06/15

昼間にバーナーを駆使してスモアを作り、夜にはお好み焼き屋さんへ行くもいっぱいだったので焼肉屋さんへ突撃した。帰り道でコンビニで購入したガツンとみかんを食らった。これぞ日本の夏。

2025/06/14

にゃんこ大戦争のバグを踏んだので問い合わせフォームから報告した。
こういう時、きちんと再現手順を書いてやった方が親切だろうという気持ちと、クソQA仕草過ぎてキショいかなという気持ちとがせめぎ合って、なかなか迷う。

2025/06/13

業務委託で入っている会社2社それぞれの社員QAさんと3人で寿司を食らう。
そのお2人、似ているところもあり、正反対なところもあり、でも相性は良いように見え、大変盛り上がった。というかそもそも、どちらも私の大好きな仕事仲間なので、その2人が一堂に会しトークしている様を見るだけでこちらはなんだか愉快な気持ちになるのである。
取り敢えず、労働をよりがんばろうと思った。

2025/06/11

捻くれ者というか、性格が陰湿というか、とにかく私はそういうヤツなので、ストレスが溜まるとイヤミなことを言い出してよくない。もっと人にやさしいイイヤツでありたいものである。

2025/06/07

知人と、同僚とのコミュニケーションの難しさについて語り合うなどした。

2025/06/02

私が主催している輪読会、ソフトウェア工学を題材としている比較的マニアックな会ということもあるのか、雑談が始まると大抵モデリングの話題で盛り上がる。
居るんだなぁ、モデリングについてアツく話せる人。というか、エンジニア、いや何かを作る人はみな、モデリング能力を習得せんと必死になるべきではないのか?
まぁ、私は自分が納得できさえすればもうそれでいいので、他人のことなんてそこまで興味はないのだが……。

2025/05/30, 31

JaSST東北に参戦するべく、仙台へ。去年からカウントして3回目の仙台である。行き過ぎ。
VSTePのワークショップで、よいモデルについての共通理解を持つ難しさを再実感するなどした。

2025/05/28

岸辺露伴は動かないの映画を見てきた。懺悔室。
「ジョジョ性」の本質的な部分を正確に抽出して、原作ファンにも新規顧客にも喜んでもらえる商品を設計している点は、見事としか言いようがない。

2025/05/20

定期的に作業効率がガタ落ち……というかもはやベロシティがゼロになる時期が来る。
あれなんなんだろうな。先週もそうだったが、結構戻ってきた感じがあるので一旦ヨシとするか。

2025/05/19

某ベンチャー企業に招かれ、QAとは何かというテーマで講演をしてきた。そんなの私が知りたいんだが。
幸い、結構好評だった。みなさんの明日以降のお仕事が少しでもよくなればいいな。

2025/05/17

恩師を偲ぶ会へ行き、恩師を偲ぶなどした。

2025/05/14

創作の参考資料を撮るべく、日本橋木屋経由で中野へ。帰りに東中野でタコスを食らう。
あと、関係ないが、日頃の考えや思い付きはどこかに残しておいた方がいいのかもしれないと思った。はてブか。

2025/05/11

高校の同級生であり前々職の同僚でもある友人の職歴書添削を手伝った。
めちゃくちゃイイ仕事をしていて、第三者なのに誇らしかった。

2025/05/10

研究室の同期と羊を食らいつつ、QAの難しさについて語らう。

2025/05/06

Windowsへの怒りが臨界点を超えてしまって、Ubuntuとのデュアルブートにしてやろうかと色々試行錯誤したが、使いたいツールがいくつかUbuntu非対応で諦めた。
さて、仕方ないからデュアルブートを解除するか……と思ったら、Windowsが巻き込まれて起動しなくなっちゃったじゃあないか。さすがに参った。
isoファイルを普通にUSBに焼くだけではダメみたいで、Windowsの公式いんすこメディア作成ツールを使う必要があるらしかった。ただしこいつがexeファイル。つまりWindowsが無いとWindowsはインストールできない。ダメだろこれ、ダメだよ。

2025/05/04

自立メシ第2話UP。

2025/04/25

髪を切った。
ふと、世のオトナたちはもっと頻繁に髪を切っているんじゃあないかという気付きを得た。みんなどこで最適な頻度を習うんだ。

2025/04/23

小田原に行き、うな重を喰らい、かまぼこを買い漁った。
エネルギーが回復したのを感じる。

2025/04/21

ここ最近、この組織はこうなるとか、このタイミングでこういう困り事が起こるはずだとか、そういった予測が当たるようになって楽しく思っていた。感覚が近しい人たちの共感も得られて盛り上がるのだ。
だが一方で、定量的であったり所謂ファクトベースであったりすることの重要性を痛感してもいる。共感ドリブンな仕事はある程度できるようになってきたから、目下私が身につけるべきスキルはデータドリブンな仕事なのかもしれない。
これができるようになったと思えてきたところで、その反対側の戦い方も重要だと気付く。その瞬間はちょっとツラいんだが、伸びしろに気付ける出来事と出会えたのはとても恵まれていることだなとも感じる。
あっちに寄ってこっちに寄って、ふらふらしながら成長していくしかないのだ。

2025/04/20

お世話になっているファイナンシャルプランナーさんと食事。
善意で行動した結果自覚なく組織を引っ搔き回しているような人と仕事上でどう付き合っていくかやら、運の良し悪しとは何かやら、そういう話をした。

2025/04/15

一週間ほど、某業務委託先のドキュメントを書き狂っており、気づけばこのページを全く更新していなかった。それでもドキュメントは書き切ったしネームも進めていたので、日々の暮らしとしては上々である。

2025/04/07

扁桃炎が治った。風邪症状のひとつとして炎症しているわけではなく、単に扁桃腺が腫れやすいから腫れたというアレなので、無駄な高熱である。観測している限りで39度台が出ていた。やれやれだぜ。
そんな高熱では仕事のやる気も失せるというもので、数日間ネーム描きの作業時間が多くなっていた。
ということで(?)、ネームのベロシティの話 再び。今は取り敢えず、最低でも週に1ページぐらいは描こうということにしているんだが、もっとペースを上げていきたいとも思っている。とはいえ週2ページはちょっと自信ないなぁ、とか考えていたものの、1ページ3段組みとして、1日1段描けばよいと思うとイケる気がして来たから不思議だ。
これぞチケットを小さくすることのメリットだなぁ。作品はソフトウェア。

2025/04/05

昨日から扁桃腺が腫れている。
親譲りのデカめ扁桃腺で、子供の頃から損ばかり……というほどでもないな。言ってみたかっただけ。
前に熱が出たのはちょうど1年前。高熱ってこんなにしんどかったっけ。老いか。

2025/04/03

ネーム作成のベロシティを上げれないかなぁと色々考えた結果、ネームの下書き段階から台詞をタイプしてコマ内の情報密度をより正確に把握することで、下書き時点でイメージしている完成形の解像度を上げる、という手段に行き着いた。
でもこれって、結局は「設計をきちんとやりましょう」って話でしかないんだよな。やはり「要求分析と設計が8割」か。何においても。

2025/03/30

恩師の墓参りに、後輩ちゃん&秘書さんと一緒に行ってきた。
今後も時々は行ってやろう。

2025/03/24

近所のたこ焼き屋さんが店を畳むらしい。たまたま行ったらそんな話を聞いて魂消た。
ひとつひとつ噛み締めて食べた。いつも通りの味がした。
閉店の理由は、材料費の高騰らしい。単価を上げてもよかったのにと思ったが、難しい話だ。今までありがとう。

2025/03/22

モノノ怪の映画を、前々職の同僚と見てきた。やはり、時々映画館なり美術館なりに行って、脳の創作野(仮称)を刺激せんといかん。
帰りは、借金癖というか寄生癖というかがある人物の存在について話し合った。
みんな、金とか貸しちゃダメだぞ。おじさんとの約束だ。

2025/03/19

業務委託先のお客さん先へお邪魔して、ハンバーガーパーティに混ざってきた。
手ぶらで行くのも何だからと思って……いや、どちらかというと、ただ自分がデザートを食べたくて、道中で焼きティラミスを買って行ったんだが、社員さんが口々に「これはどういうコンテキストのお菓子ですか?」と訊いてきて面白かった。どこかへ旅行に行った際のお土産か何かだと思われたらしい。いいだろ、特に意味もなくデザート食べたって。

2025/03/16

あの人参とかいう野菜の食べ方にいつも悩んでいる。結局あいつは、皮を剥いた方がいいのか剥かない方がいいのか、どっちなんだ。
剥かなくていいという言説を仕入れて以来、ちょくちょく剥かず喰らいにチャレンジしているんだが、毎回「これで本当に合っているのか……」という気分になる。剥かない方が「The 野菜」という感じがする。そのアピールが却って不安を煽っているといい加減気が付いて欲しい。

2025/03/14

メンティーの人生相談にのった。
話していく中で自分が学びを得ることも多い。ありがたい。
でも、研究室に入ったばかりぐらいまでの、ロクでもない自分のエピソードも時々披露せにゃならんのは勘弁してほしい。恥。

2025/03/13

朝からネームを描いた。
女の子の気の抜けた笑顔が好きなんだが、こいつがなかなかどうして難しい。自然な表情を人工的に作るという矛盾なのでそりゃあそうなんだが。
仕事は終わっていない。花粉症はツラい。

2025/03/12

向井秀徳日記がTwitterのTLに流れてきて、読んでいくうちに自分も日記のようなものを書きたくなってきた。
当初「ぼやっ記」にしようと思ったけど、なんだか響きがカワユ過ぎるので促音は抜いた。
さて、どれだけ続くか。取り敢えず今日はZAZEN BOYSの武道館LIVE Blu-rayを見ながら仕事。カンヅメである。